コラム

取締役が独立する際の引き抜き行為

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取締役や業務執行社員の忠実義務

とある会社で取締役(または合同会社の業務執行社員)を務めていた人が独立して会社設立する際に、その会社の同僚や部下を引き抜く行為があります。

こうしたことは法律上問題ないのでしょうか?

この問題を考えるには、取締役が負っている義務について考える必要があります。取締役が負う義務として有名なものは競業避止義務や利益相反取引の規制などがあります。条文だけを見ればいずれにも該当しないように思えますが、そもそも取締役や業務執行社員には会社に対する忠実義務が課されています。

 

会社法 第355条
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
会社法 第593条
2.業務を執行する社員は、法令及び定款を遵守し、持分会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

引き抜き行為はまさにこの忠実義務に違反しているのではないかと考えられます。

一方で、引き抜きに応じるかどうかは対象となる従業員の意思にもよりますので、独立した取締役の会社に再就職したからといって、即座に忠実義務に違反する引き抜き行為があったということは飛躍しています。

引き抜き行為はどこまで認められる?

取締役による引き抜き行為があった場合は、その事実をもって即忠実義務違反というわけではなく、従業員に対して強制的、強圧的なものであったか、それとも最終的には従業員の自由意志に基づくものなのかということまで判断する必要があります。

「今度独立するんだよね。」

「え、それじゃ自分も一緒に働きたいです。」

このような会話であれば、間違いなく従業員の自由意志なので、忠実義務違反ということは全くありません。

「今度独立するんだよね。よければ一緒に来てくれると助かるんだけど。」

「ぜひ。一緒に働かせてください。」

これも従業員の自由意志によるものなので、忠実義務には反していないということです。

一方で、在職中の引き抜き行為は従業員の意思によらず忠実義務違反、退任後は問題ないという考え方もあります。しかし、会社の立ち上げ前に上記のような会話は往々にして行われますし、これが一律忠実義務違反ということになると、独立という行為自体が困難になってしまいます。

ここで区別しておかなければならないのは、従業員の職業選択の自由ということです。もちろん従業員がどの会社で働くかということは従業員の自由なので、引き抜き行為に応じて転職することは従業員にとっては全く問題ありません。ここで議論しているのは、あくまで取締役という立場にありながら引き抜き的な行為はどこまで認められるのかということです。忠実義務に反するような引き抜き行為をすれば取締役は任務懈怠(けたい)ということで損害賠償の対象にもなりえます。

ただし、前述の通りで、一律引き抜き行為が忠実義務違反ということにはならないので、そこはケースバイケースです。ただ、最も望ましいのは事情を会社に説明して会社と従業員の引き抜きについて合意を取っておくということなのは言うまでもありません。

この記事の執筆者

渋田貴正
渋田貴正
V-Spiritsグループ 税理士・司法書士・社会保険労務士・行政書士
税務顧問・社労士顧問のほか、会社設立登記や会社変更の登記などの実務を幅広くを担当。その他各種サイトや書籍の執筆活動も展開中。

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